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山上家略譜
山上家は東濃地方最古といわれる旧家です。主は四十八代目である。
巖邑府誌によれば山上村 (岩村町の古名) の邑長であった当家の主は村を荒らす山賊を平定するため、伊勢神宮に参籠し、その霊夢によって加藤景廉と宇治橋で逢うことができた。景廉は乞われて村へ来ると忽ち山賊を討ち滅ぼし、村民に推されて領主となり、後に岩村城を築城したと伝えられている。
当家の裏山には加藤景廉腰掛岩 (霊夢石) 他の巨岩があり、景廉使用の陣捥も当家に秘蔵されている。文豪島崎藤村の祖父𠮷左衛門重韶は山上家四十三代新左衛門の次男で島崎家へ養子、重韶は俳号を松涛園至徳と称した文人で藤村の文才は重韶の血をひいたものといわれている。
八百年祭実行委員会建之
この板は樹令三百年─ 霧ヶ城─ 成育したものである。
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